敗戦直後の新聞広告
今日は、敗戦直後の新聞広告について触れておきましょう。
たとえば、ポツダム宣言受諾を告げた昭和天皇の「詔書」を、一面トップに載せた8月15日の朝日新聞には、大蔵省、結核治療薬・神命丸、強力湿布剤・900号など・・・
掲載された広告件数わずか10件、100行分にすぎなかった。
「敗戦直後の新聞はペラ1枚2ページ、用紙はもとよりあらゆる資材が枯渇し辛うじて最小限の新聞を発行しているという惨憺たる状態」でした。
・・・つまり、当時の新聞は、用紙事情が極端に悪く、2ページペラの紙面はまだいい方で・・・
時によっては、普通の新聞の2分の1のタブロイド版を発行、用紙不足のため、休刊するものもあらわれるといった状態だったのです。
したがって、広告スペースも極端に小さいものばかりだったのです。
今のように、整体 学校の広告はありませんでした。